【苦悩】何かして欲しい時だけ連絡が来る相手【拒否したい着信】

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大人

 

先日、仕事が終わり

コンビニ前で一息つき

スマホを見ると

疲れている時に

見たくもない着信が3件も入っていた。

 

この着信にスイッチを押され

ブログを書きだしたのだが

今また着信がありスルーか否かの上

応答に手が・・

今回は

私と母、そして着信の主のお話です。

 

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【苦悩】何かして欲しい時だけ連絡が来る相手【拒否したい着信】

 

ここで軽く家族構成の紹介をしておきます。

私の父と母は

私が3歳の時に離婚しており

父方に引き取られ

4歳上の姉との二人姉妹である。

 

私は中学の頃たまに寂しくなると

4.50分かけてバスに乗り

母方の祖母と

小さい時から

優しい眼差しを向けてくれている

祖母の姉に会いに行っていた。

そのなにげないある日のこと。

 

祖母の家の前に1台の車が止まり

母と見知らぬ男が降りてきた。

私はとっさに

そこに居てはいけないと察知し

居間から少し離れた

仏壇のある部屋に行き

カーテンの裏に隠れた。

遠くから

しばらく談笑する声が聞こえ

祖母から

私が来ていることを聞いたのか

テンション高めの声で

ちゃん付けで私の名前を呼び

引きずるような音と共に

母が仏壇の部屋にやってきた。

その引きずる音には

よだれを垂らした

小さな赤ちゃんが乗っていて

「妹の○ど○ちゃんだよ」と

母は満面の笑みを浮かべて言った・・

 

あまりにも当たり前のように

妹だと言ってのけた無慈悲な母と

その赤ちゃんに対し

言葉にできない怒りや哀しみ

様々な感情が頭を廻ったが必死でこらえ

そっと

私は誰にも告げずに帰りのバスに乗った。

 

それから私が18歳で東京に出てくるまでの間

複雑な気持ちを抱えたまま

母の歴代の男や彼女を

遠からず近からず見ていた。

 

母は彼女がある程度成長した頃

口ごもり詳しくは言わないものの

知的障害か発達障害を持って

生まれてきたことや

彼女の父と別れたと私に報告した。

 

彼女と再会した時には

母はだいぶ年下の

自衛隊を生業とする人と再再婚し

3人で幸せそうに暮らし

そしていつの日か母はその男と別れ

 

当時働いていたスナックで知り合った

年上のどっかの市議会議員で

小さな建設業を営む

BMWに乗る愛人に成り下がり

彼女はたまにアパートに訪ねて来るその人を

笑顔でパパと呼び

私と姉を○○お姉ちゃんと呼ぶようになっていた。

 

その後、彼女は

小中学生時は特別学級で学び

義務教育が終わると

箸袋に箸を入れたりする軽作業で

何かしらを引かれ

月に2千円弱の給料を貰う作業所へ

母の実家で祖母と暮らしながら通っていた。

 

この頃にはBMWに乗る愛人は金に底がつき

母に色んな消費者金融から借りさせ金を奪い

連絡もつかなくなり消えたそうで

離れて暮らす私や姉に電話をしてきては

私達の暮らしぶりなど

お構いなしに

生活を助けてくれと数年に渡り金の無心をした。

 

私たち姉妹は

公務員の自衛隊と一緒になり

安定した日々を捨ててまで

会社社長でBMWに乗る男に乗り換えた

見栄っ張りで傲慢な母の浅はかな考えと

必ず終止符が打たれる日が来るであろう

愛人という立場を選んだ母に

とてもじゃないが同情の余地はなく

男が変わる度にパパを呼ばせられている

彼女がただただ可哀相な子だと思っていた。

 

この頃から姉は愛想をつかし

母や彼女から留守電に泣き言が入っていても

自ら疎遠にし連絡を絶った。

結果

母の思惑はすべて私に向けられ

連絡が来るたび私はできる限りの支援をした。

 

 

母がまだ生活に自信があった頃

結婚もしていない私によく言った言葉が

「いずれ後悔しないように

1人でも子供を産んでおけ

老後のために」だった。

 

母は私たち姉妹が父に引き取られ

側に置けず思うようにいかないことで

自分の老後の為に彼女を産んだのに

障害を持った子を授かったのを悲嘆し

 

生活に自信が無くなった頃

真実は確かめようもないが生前

「あの子だけは側に置いたほうがいい」と

私が大好きだった母方の祖母の姉が言っていた。

「○ど○は障害者だし先が不安だから

青森に帰り養子縁組をして欲しい。

こっちで婿養子を取って一緒に住んで欲しい」などと

当時の彼と東京で幸せに同棲生活をしている私に

母は電話口で泣き真似をし懇願した。

 

どうしたらこんな事が

人の気持ちを考えず言えるのだろうと

こんな身勝手過ぎる母の言動は

この子に罪はないと

ギリギリ折り合いをつけ我慢していた

腑に落ちない彼女の存在と

母への不信感でいっぱいになり

自分を守るために

除々に疎遠にしていった。

 

それから間もなく

祖母は認知症で介護施設に入り

母は脳の病気の後遺症と精神の病気を患い

まともな思考や会話をすることが出来なくなり

金銭面や衛生面の最低限の暮らしもままならず

母は病院併設の介護施設へ

彼女は生活訓練施設に移り住むことになった。

 

これで完全に疎遠になり

母に生活を振り回されることなく

自分が思い出さなければ泣く事もなく

安堵の日々を送れると信じていたが

 

なぜか今度は

彼女から直接連絡がくるようになり

忘れた頃に私のスマホに着信を残していく。

 

着信で揺れる私の心情

この着信には

出ても出なくても

「お姉ちゃん?○ど○だよ

さみしいから電話ちょうだい」

「お姉ちゃん?○ど○

欲しいのあるから

電話ちょうだい」などと留守電が入っており

 

母と同じく何かして欲しい時に

連絡をしてきては

「お姉ちゃんのこと心配してたんだよ~」

「どうして○ど○は障害があるの~?」

「○ど○が障害持って生まれたから悪いんだよね・・」

「○ど○も東京さ行ってお姉ちゃんと暮らしたい」

「施設で夜1人で枕濡らしてるんだよ~」

などと言い私を苦しめる。

 

私は3歳から父方の父母に預けられ

随分寂しい思いをしてきたため

彼女の気持ちは誰よりも理解でき

ましてや障害のある子に

まともに話をしても駄目なことは重々わかっている。

それでも私はどんなクエスチョンでも

包まず彼女に真実しか話さない。

 

お姉ちゃんと呼ばれることへの嫌悪感

可哀相だと思ってしまう同情や良心

連絡が来るたび複雑で憂鬱な

気持ちにさせられることから考えてしまう絶縁

手放しで優しさをわけてあげられない自責

 

私がこんな心の葛藤をしているとは

彼女は知らない・・。

 

 

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

ブログを書き終え

何か少し肩の荷が下りたような気がしています。

 

私事ですがご報告を1つ

今月20日で飼っていた猫の1周忌を迎えます。

まだまだ癒えないでいますが

いつかその子のことも

ブログにしてみようと思っています。

 

ではみなさん

どうぞお体に気をつけてお過ごしくださいね。

 

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